学校・人事の方向け

なぜ企業は金融教育をしていかなければならないのか?

企業内における金融教育の現状

 金融教育を行う義務はない

 企業で金融教育を行わなくても法的に責任を問われることはありません。ただし、企業型確定拠出年金制度を導入している企業では、確定拠出年金法により、投資教育が努力義務とされていますので、実施することが望ましいとされています。

 努力義務とは

 努力義務規定とは、法律の条文で「~するよう努めなければならない」「~努めるものとする」と規定された内容を指します。企業には積極的に努力することが義務づけられますが、法的拘束力や罰則がなく、どの程度対応するかは企業ごとの裁量に委ねられています。

 なお、確定拠出年金法第22条には以下の通り投資教育について規定されています。

(事業主の責務)
第二十二条 事業主は、その実施する企業型年金の企業型年金加入者等に対し、これらの者が行う第二十五条第一項の運用の指図に資するため、資産の運用に関する基礎的な資料の提供その他の必要な措置を継続的に講ずるよう努めなければならない。
 事業主は、前項の措置を講ずるに当たっては、企業型年金加入者等の資産の運用に関する知識を向上させ、かつ、これを第二十五条第一項の運用の指図に有効に活用することができるよう配慮するものとする。

 企業における金融教育の現状は?

 したがって、確定拠出年金を実施している事業主以外は、投資教育を実施する義務はないという整理が現状です。

確定拠出年金を実施している会社の数

 2022年3月末時点で、企業型DCの実施企業数は42,669社です(出典:運営管理機関連絡協議会「確定拠出年金統計資料(2022年3月末)」)。日本の企業数は国税庁資料によると、279万560社(2021年3月末)ですから、単純計算で全体の1.5%ほどの企業が、努力義務の対象であるということがいえます。

義務がなくても、金融教育をしたほうがよい?

 従業員のつなぎとめの施策になる

 近年、雇用の流動化が高まり、1つの会社でキャリアを終える人の数は減少傾向にあり、転職することが当たり前になりつつある状態かと思います。

 企業にとっては自社で育成したスタッフが退職することにより、中途採用を行い、再教育を施し、職場に適合させるまでに発生する金銭的負担や労力は大きな負担であることから、既存のスタッフのつなぎとめを行うことは極めて重要なテーマです。

 また、私自身、人事として採用業務に携わっていますが、最近は本当に良い人材を採用することが新卒・中途採用ともに大変難しくなっていることを肌で感じています。

 このように、人材の流動化が高まった結果、自社のスタッフをつなぎとめることが難しく、また、採用することも難しい状態であるため、自社のスタッフに長く働いてもらうための施策を検討していくことは、どのような企業にとっても重要であると考えられます。

 従業員の興味と人事の理解のギャップ

 私が本業で勤めている会社では、今年度から50歳という節目を迎えた社員向けにライフプラン研修を実施することになりました。以前は対面形式で実施していた研修で、内容としては退職後を見据えたキャリアプラン、ライフプランを考えるための機会を提供するものです。

 ある日、Aさんという54歳の社員から「ライフプラン研修、呼ばれてないんだけど。俺は受けられないのかよ。お金のこととかいろいろ聞きたいんだけど、ちょっと確認しといて。」と呼び止められることがありました。

 当社では諸事情があり、5年ほど当該研修の実施をしておらず、久々の開催という形になったので、ここ5年間の間に50歳を迎えた方は研修を受けていない状態でした。Aさんはまさにその対象であったということになります。

 私はその研修の企画担当ではなかったので、部署に戻り、担当にAさんの話をしました。そこで担当者はこのように言ったのです。

人事の担当者
「そうか、実施していなかった世代のことをすっかり忘れていた。でもAさん、よっぽど暇なんだな。そんなことばかり気にしないで、仕事してほしいよな。」

 私はこの一連のやり取りを見て、ライフプラン研修には社員サイドの強いニーズがあるということを確信しました。みなさん、わざわざ言いに来ることは少ないと思うのですが、きっと誰しもが興味があるテーマであると思うのです。(たまたまAさんは、気軽に話しかけられる私にふと言っただけだと思うのですが)

 逆に、人事のほうでは正直この研修に対しては注力せず、粛々と実施しているというところが実態であり、Aさんに対する担当者の発言も冷ややかな受け止めがあると感じました。

 このように社員は「聞きたい」・「知りたい」、と思っているライフプランについて、企業(人事)サイドの重要度はあまり高くない企業が殆どなのではないでしょうか。

 従業員は職場で投資教育を受けたいと考えている!?

職場での金融教育受講状況

 こちらの統計資料は、職場で金融教育を受けたと答えた方の割合を示した資料ですが、TOTALで12.2%と、その割合は低い結果となっています。(出典:三井住友トラスト・資産のミライ研究所「住まいと資産形成に関する意識と実態調査」)

 また、2023年3月に行われた野村アセットマネジメントの統計調査において、金融経済教育の受講希望方法について、以下のような結果が出ています。

  • 1位:金融機関のセミナー  17%
  • 2位:学校教育       17%
  • 3位:動画サイト      15%
  • 4位:書籍・参考書     12%
  • 5位:専門家への個別相談  12%
  • 6位:職場で受けるセミナー 11%
  • ・・・

(出典:野村アセット 資産研究所『金融教育に関する意識調査2023』)

 職場で受けるセミナーの希望者が約10人に1人いるということになりますが、潜在的にはもっと多いのではないかという感じもします。

 2024年からは新NISA制度が開始され、ますます注目度が増している金融教育が日本全体に浸透していくためには、職場での運用がポイントとなっていくと思われます。職場には隠れたニーズがあるのではないかという筆者の意見が、顕在化してくるとその機運が高まり、世の中全体の雰囲気が変われば、どの会社の人事担当者も前向きな気持ちで、研修を企画するようになるのではないでしょうか。

出典:

厚生労働省:『確定拠出年金制度

企業年金連合会:『年金Q&A/投資教育

国税庁:『令和2年度分会社標本調査結果について

三井住友トラスト・資産のミライ研究所:『住まいと資産形成に関する意識と実態調査

野村アセット 資産研究所『金融教育に関する意識調査2023

1級FP技能士/元銀行員
まくすけ(1級FP技能士)
こんにちは。まくすけです。 元メガバンクの社員です。 銀行での経験を活かして、金融教育に関する情報発信をしています。
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